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40階段

避難民の暮らしと哀歓の残る場所

40階段
  • 評価 レーティングの星5.0
  • PV 17,750
  • 40階段1
故郷を離れ、40階段に腰かけて泣いていた異邦人たちは、その後どうなったのだろう。
故郷に戻れる日だけを待っていた避難民たちの暮らしの場。その人生の哀歓を感じながら40階段を歩いてみよう。

釜山都市鉄道1号線の中央駅からそれほど遠くないところに、40階段はある。韓国戦争の際、旧釜山駅舎が近くにあったため、全国から集まった避難民たちの生活の中心は、自然と40階段一帯になった。40階段は釜山港の埠頭と高台の貧民街をつなぐ役割をしていたが、戦争中に生き別れとなった家族が再会する場所であり、救援物資が売買される市場でもあった。「釜山に着いたら、40階段で会おう」という言葉だけを信じて、階段の近くで何か月も待っていた人もいるほどだった。厳しい避難生活の哀歓が染み込んだ場所であり、当時ほとんどが釜山駅周辺に住んでいた避難民たちの暮らしの現場でもあった。
  • 40階段1
  • 40階段2
  • 40階段3
  • 40階段4
40階段一帯は、2004年4月に「40階段文化観光テーマ通り」として整備された。かつての釜山駅と釜山港をテーマに整備された通りには、1950年〜1960年代の釜山の雰囲気が溢れている。厳しい時代、涙をこらえて40階段を上った避難民たちは、ふと階段の一角から聞こえてくるアコーディオンの演奏に慰められたかも知れない。ポン菓子の機械の周りに集まり、両手で耳を塞ぎながら「ポン!」とお米が膨らむ瞬間を待っていた子どもたちや、座ってうたた寝をする港湾労働者たちの姿を想像すると、ふと懐かしい気持ちになる。
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40階段文化館は、40階段の歴史や文化について紹介する展示施設だ。5階の常設展示室には、韓国戦争の惨状や当時の様子がリアルに再現されている。家を建てる板すらなかった避難民たちは、米軍のテントを使って建てた小屋で暮らしながら、荒仕事や屋台の商売で生計を立てた。風雨をしのげる家もなく、食べ物も足りなかったが、教育に対する熱意だけは強かった。
  • 40階段1
悲しい歴史を持つ場所だったが、今では未来へと飛躍するための場所となった40階段。人々が上り下りする中、踏め固められた歳月が、次の世代、またその次の世代へとつながっていく。
釜山の歴史を記憶する旅の途上で、40階段は旅人に寄り添う同伴者になってくれるだろう。
利用案内
  • 住所

    釜山広域市中区東光(トングァン)ギル49
  • 電話番号

    40階段文化館 +82-51-600-4046
  • 休業日

    年中無休(40階段文化館:毎週月曜日、公休日、ソルラル、秋夕)
  • 営業曜日及び時間

    毎日(40階段文化館:火〜日)
    常時(40階段 文化館 平日 10:00~18:00 / 土‧日 10:00~17:00)
  • 利用料金

    無料
  • 交通情報

    都市鉄道:1号線中央駅11番出口から徒歩5分
    バス:17、26、27、40、41、61、82、85、87、103、134、190、1003番、中央洞で下車
  • 点字ガイド
  • バリアフリー施設
  • エレベーター
  • バリアフリー化粧室

お役立ち情報

毎年9〜10月には、40階段文化祭りが開かれる。事前にスケジュールをチェックし、祭りを楽しんでみるのもおすすめだ。

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