東莱邑城

東莱邑城で過去と現在を同時に体験してみよう

東莱邑城
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「東莱」という地名には、長い歴史がある。朝鮮時代までは東莱の一部が釜山だったが、日帝強占期にその立場が変わってしまった。もし日帝強占期がなかったら、「東莱広域市釜山区」になっていたかもしれない。かつて釜山そのものだった東莱を取り囲んでいた東莱邑城に行ってみよう。
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東莱区は、観光地というよりは住宅団地が集まるエリア。東莱邑城も、観光地のように賑やかな雰囲気ではなく、静かに余裕と自然を楽しめる場所だ。アパート団地を通り過ぎ、閑静な住宅街を通って西将台に登る。少し急な上り坂を進むと、まもなく西将台が現れる。「将台」は戦争の際に将軍が軍隊を指揮した場所で、東莱邑城には3つの将台を結ぶトレッキングコースがある。珍しい2階建ての木造楼閣様式の美しい西将台で、しばらく休んでいこう。
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東莱邑城の城壁は、残っていた石垣の上に新しい石を積んで復元されたものだ。城壁に沿って歩きながら、古いものと新しいものを比べてみるのも面白い。荘厳な北門のオーラが、トレッキングを始めた人々に元気をくれるようだ。北門に登って、のどかな邑城広場を見下ろしてみよう。階段形の城壁に沿って続く小道は、上り坂と下り坂、平坦な道が繰り返し出てくる。
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邑城の一番高い所にある北将台に登って、来た道を見下ろしてみよう。東莱邑城と東莱の市街地の風景が広がり、遠くには広安大橋や海も見える。今はとても平和に映るこの風景が、壬辰倭乱の際はどれほど緊迫していただろうか。
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城門を中心に翼のように両側に伸びる城壁と、その下をくぐる道路を優しく包み込むアーチ。その形だけを見ても独特な印象を受ける人生門は、壬辰倭乱の際にこの門をくぐって避難した人が全員命拾いをしたことから、「人を生かした門」という意味で付けられたそうだ。今はマウルバスが行き来するその道に、人生門をくぐって避難した壬辰倭乱当時の切迫した人々の姿が重なって見えてくるようだ。
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東莱邑城将台コースの最後を飾るのは東将台だ。「望月台」という別の名前の扁額が、東将台の扁額の後ろにかかっている。高台にあるため、月見にうってつけの場所だったようだ。ここに登る階段は、かなり急である。でも、広々とした緑の芝生と東将台を囲む豊かな自然が、疲れを一気に吹き飛ばしてくれる。

夜になると、ライトアップされた東莱邑城がきれいに浮かび上がる。余裕あふれる散策路のあちこちで東莱の歴史と悲しみがそのまま感じられる場所。東莱邑城にぜひ一度足を延ばしてみよう。

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ルート
出発地
到着
  • 住所

    釜山広域市東莱区明倫洞、福泉洞、漆山洞、鳴蔵洞、安楽洞一帯
  • 電話番号

    +82-51-550-6634
  • 休業日

    年中無休
  • 営業曜日及び時間

    常時
  • 利用料金

    無料
  • 交通情報

    都市鉄道:明倫駅2番出口から徒歩21分
    マウルバス:東莱区1-1、東莱区7番で東莱文化会館下車、徒歩4分
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